旦那の姉、義姉が「ももちゃんが褒めてくれるから調子に乗っちゃうよ」と、ちょっと照れながら言っていました
何を褒めたかというと、義姉の作る料理です
白和え、インゲンのツナと大根のおろし和え、八角を使った本格的な豚の角煮、干し柿のサラダ、せいろで作る五目おこわなど
いつも美味しくて、センスがいいなあと感激していて、ご馳走になる度お腹がはち切れそうになります
なので、「美味しい」とか「きれいな彩り」とか「ありがとうございます」は自然に言葉が出てきて伝えていますが、それが嬉しいと言っていました
義姉が言うには「夫も(昨年亡くなりました)息子も何も言わないからさ」と
言われないことが当たり前のようになっていたんですね
確かに料理を作って、なんの言葉もなければ作る張り合いがなくなるのは当然ですよね
特に日本の男性はそんな言葉が少ないと言われています
「いちいち言わなくても分かるでしょ」なんてことが、現実には多くありませんか?
褒められたら嬉しいし、何か違う料理に挑戦してみようかな、なんて前向きになれるかもしれないのに…
でも、だんだんと年齢を重ねてくると、褒めることも褒められることも少なくなると感じています
「親しき仲にも礼儀あり」という言葉がありますが、「美味しかった」ということも、礼儀なのではないか、と思っていて
「美味しかった!」と、笑顔で言われたら、「ホントにご飯作りはめんどくさい」と、思っていたって「嬉しいお言葉!」と思っちゃいませんか
誰でも承認欲求はもともと人間に備わってる基本的な欲求らしいです
褒めたら相手も喜ぶし、褒めたことで喜んでくれたら自分も嬉しいし、何よりも平和じゃないですか
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